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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)241号 判決

控訴人 被告 木田キヨ

訴訟代理人 新家猛

被控訴人 原告 斎藤恒雄

訴訟代理人 坂本吉勝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。との判決を求め被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の提出援用認否は、被控訴人において、甲第四号証の一、二甲第五号証を提出し、証人鈴木不二男の尋問の結果を援用し、控訴人において証人諸能美智子および控訴人、被控訴人各本人の各尋問の結果を援用し、甲第二、三号証は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた外、原判決の事実と題する部分に書いてあるとおりである。

理由

被控訴人主張の売買および手附金受授の事実は、控訴人が認めて争わないところである。

控訴人は右売買の履行期である昭和二十年十二月二十日より前に、被控訴人にたいして右売買を解除する旨の意思表示をしたと主張し、原審および当審の本人尋問における控訴人本人の供述が信用されるならばこれによつて右主張事実を認めることができるけれども、控訴人が、手附金倍返しをしないで、契約を解除し得る権限を有すべき根拠について、なんらの主張も証拠もなく、右解除の意思表示の際、手附金倍額返還の提供をしなかつたことは前記控訴人本人の供述に明かであるから、右解除の意思表示はなんらの効力もないとしなければならない。従つて、売買履行期前に解除したとの抗弁は採用することができない。

控訴人が、昭和二十二年九月十一日被控訴人に到着した書面で売買解除の意思表示をしたことは当事者間に争がなく、右意思表示の際、控訴人が手附金の倍額たる金三万円を現実に提供したとの控訴人主張の事実は、被控訴人の明かに争わないところであるから被控訴人が自白したものとみなす。

被控訴人は、控訴人主張の右解除の意思表示は、被控訴人が契約の履行に着手した後になされたのであるから、効力がないと主張する。原審証人齋藤孝の証言、原審および当審の被控訴人本人尋問における被控訴人の供述と当裁判所が眞正に成立した書面と認める甲第二号証甲第三号証とを合せ考えると、被控訴人は登記と代金支払の履行期である昭和二十年十二月二十日代金額十五万円から、手附金の額を引いた金十三万五千円を、所有権移転登記と同時に支払うつもりで、現金一万円を持ちあとの十二万五千円については、被控訴人の兄斎藤孝が、かねて借受ける約束をし、同日現金交付をうけることとなつている日本勧業銀行から受けとつて新橋駅で被控訴人に手渡すという手配をして、控訴人住所に立ちより、登記および代金決済のため熱海の登記所へ同行しようと告げたところ、控訴人は延期を求めて同行を拒んだので、前記斎藤孝が日本勧業銀行からうけとつてきて住友銀行東京支店へ払込み、同銀行大塚支店における被控訴人当座預金に振込むよう依頼しておいて、帰宅したという事実を認めることができる。原審および当審の本人尋問における控訴人の供述中右認定に反する部分は信用できない。右のように、買主が代金残額支払のために現金を用意した上売主にたいして、移転登記手続のために、ただちに登記所へ同道出頭すべき旨うながすことは、民法第五百五十七条に「契約ノ履行ニ著手スル」というにあてはまる事実と認めるのが相当である。右の事実は昭和二十年十二月二十日のことであるから、控訴人主張の昭和二十二年九月十一日の契約解除はなんらの効力も生じ得ないこと、民法の前記法条に照し、明白である。

以上の次第で、控訴人の抗弁は、どれも、とおらないのであるから、控訴人は被控訴人にたいする売主としての義務をまぬかれず、従つて被控訴人の本件請求は正当だということになる。

よつてこれを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないと認め、民事訴訟法第三百八十四条第一項第八十九条によつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 藤江忠二郎 判事 猪俣幸一)

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